言霊

言霊と書いて、「ことだま」と呼ぶーー筆者がこの言葉を知ったというか意識するようになたのは、かなり以前に三島由紀夫と全学連との対談記録を読んだとき以来である。かつて、学生運動が華やかなりしころ、東大駒場の第九講堂で三島由紀夫とこれら全学連の学生闘士たちとの対談というか討論が行われたらしい。記録によると、当日、三島由紀夫は単身で、かつて学んだことがある(つまり勝手知りたる)駒場に出向いて行ったらしい。すると、駒場の入口に三島を戯画化する筋肉美の「近代ゴリラ」とかいう看板が出ていたそうで(誠に失礼な話である)、三島の講演は、自分はこのようなダジャレを好まないということから始めている。続けて、自分が駒場の門のところまで来たときにだれも出迎えの学生が出てきていなかったこともはなはだ失礼なことだ、述べる。いかにも三島らしい出だしであるが、この出初めからもわかるとおり、そのあとに続く三島と全学連学生との対話・討論は完全にかみ合わない。三島は(予想されるところであるが)ーーもし君たちが天皇陛下と一言言ってくれれば自分はいつでも喜んで君たちのもとに馳せ参じるというような趣旨を繰り返し述べる。一方、学生たちはただひたすら権力(あるいは天皇のような権威)の打倒と解放区の設立を叫ぶという次第で全く対話にならない。三島としても理解ができないらしく、君たちの 「解放区」とは一体何なのかと聞くところがあるが、学生のほうは、権力とその手先である警察と対決し、町にバリケードが築かれた時、そこがつまりその空間が解放区だと豪語する。三島は、不思議がり、それでは、いったいそれがいつまで続くのか、時間の次元ではどうなのかと聞くと、学生はーー時間は関係ない。三島ーーそれではたった5分でも成立するのか?学生ー5分でも1分でも時間の次元は関係がない。権力が打倒されたところそれが、解放区だ、と繰り返すーーという次第で、いわば不毛の議論が続いて行く。読んでいて、一体どうなるのかと思うが、最後に、三島は次のように締めくくる。今日はお互いに話し合いができたとは思わない。が、言っておくが言葉には「言霊」がある。私は、今日君たちに「言霊」を残していく。いつかこれれが君たちの心に響くことがあるだろう。――と言い残して駒場を去るというわけであるが――この締めくくりには考えさせられるものがある--なるほど言葉には「言霊」がある。自分が何気なくしゃべった言葉でも、相手の心の中でわずかとはいえ響きを残す。そしてやがてその響きが自己増殖というか心の中で反響し、忘れ難く広がっていくーーということもありうるのだ。折に触れこのことを思い出す。とすると自分が今までどんなことをしゃべってきたのか気になる。

ハイネの詩による「歌の翼」という歌曲(メンデルスゾーン)がある。確かに歌には聞く人の心に飛んでいくような、なにか翼を感じるが、言葉には 「言霊」があるのだ。

そこで、実践的教訓 1、 自分の話した言葉は、そのまま消えていくものではない。注意!言葉には「言霊」がある事に心せよ。

言葉に気をつけるべしということに関し、大学の専門学部時代に学んだことで忘れられないことがある。碧海純一教授(先日亡くなられたと訃報を見た)の法哲学である。この講義では、ヘーゲル哲学を徹底的に批判していた。この印象は今でもそのまま残っている。要するにヘーゲル哲学は、最初から最後まで何を言っているのかさっぱりわからない、ということである。講義の一節を思い出すと、「--ヘーゲルの言っていることが分かりにくいので、一度ドイツ人に読んでもらったことがあるが、そのドイツ人もさっぱりわからないという。こういうものを読んでわかったつもりになってはいけない。あえて言えば、これは要するに『概念詩』(この言葉は忘れられない)にすぎない。読めば(勿論、読めた場合のことであるが)なにか、一種の情感が伝わってきて気分が動くが、これはつまり概念を操った『詩』にすぎず、およそ哲理というような名に値するものではないーー」というわけである。その後、就職して、仕事の関係で自分の上司のさらに上司(当然かなり年配である)が、昔の旧制高等学校時代の思い出話として、若かりしころは、ヘーゲルを涙ながらに読んだことがあると懐かしげに情緒を込めて語っていたことがあるが、これを聞いて、筆者は「なるほどこれだな」ーーと思い至った経験がある(当の先輩は概念の詩を読んで感動したのだ)。

このヘーゲルのいわゆる哲学書は、ただ言葉をもて遊んででいるにすぎないという点については、その後、ずっと後になって際会し、再発見することとなった。カール・ポパー(オーストリアうまれでイギリスの哲学者)の「開かれた社会とその敵」(未来社 第二部 神託的哲学の勃興 p.34)である。ここでポパーはヘーゲルの「自然哲学」の一節について、「このヘーゲルの読者がヘーゲルの大袈裟で神秘めかした隠語をまじめに受け取る気を起さないようにーー」と述べ、その「自然哲学」の(音に関する)一節を実験的に翻訳(勿論、この場合はドイツ語から英語へ)しようと試みたが、結局、「この戯言をできるだけ忠実に翻訳しようとしたが実に困難であった」とし、その「唯一理解可能である最後の文はーー『発熱体の発熱は、--音響と共に、--熱である』としか述べていない」と書いている(勿論、ドイツ語はポパーの母国語である)。

フォイエルバッハ(実は筆者は大学時代フォイエルバッハに関するゼミに参加したことがある)からヘーゲル、マルクスへとつながる哲学思想の流れについては、勿論、多数の著書があり、これらの読み方は人さまざまであろう。しかし、これらの議論の中で、筆者としてはどうしても忘れがたいことは、上の議論にも示される様に言葉の使い方である。結論的に言えば、ヘーゲル流のあるいはヘーゲル好みの「物事の本質」という言葉の欺瞞さに気付き十分に注意することである。これについては、前述の碧海教授の法哲学のなかに(この文章は学生時代に読んだのだが、いまだに忘れられない)一節があるので、該当部分をそのまま引用してみよう。ーーー「説得定義の使用に当たって、『真のX』とか『Xの本質』とかいう表現を用いると、その説得は一層高められる。例えば、仮に、我々が市民社会的自由に憧れる青年たちに対して、その憧憬を捨てさせようとする場合、最も有効な説得法は次のようなものであろう。『諸君が自由に憧れる気持ちはよく判る。しかし、諸君はまだものの見方が浅いために自由の本質を把握しているとは言えない。諸君の信じているような自由は恣意であり、放縦であり、自由の仮象であって、その真の姿ではない。真の自由とはーーーー』といえばよいと書いている(「法哲学概論」)。以来、筆者としては「物事の本質」を見よ、とか 「真の姿」を忘れるなーーなどということは避けることとしている。

ところで、これは余談であり又浅学であるが、多少ここで蘊蓄を傾けると、この 物事には「本質」あるいは 「真の姿」があるはずだ、という考え方は、延々と続く西欧哲学の流れの中のいわば病癖ともいうべきもので、これは、結局はるかギリシャ哲学のプラトンにさかのぼるという。そう意味では、(だれが言ったのか忘れてしまったが)、この長大な西欧哲学も、すべてプラトン哲学を基本としてその一つの釈註ににすぎないとも言われる。ご存知のとおりプラトンは「イデア」を唱えた。たとえば、我々は「ベット」を見ているが、ベットには様々な形・色があるはずだ。しかし、このような表面的な多様さにもかかわらず(つまりこれらは仮象にすぎない)我々がそれらをベットと認識するのはそのうらに「イデア」としてのベットがあるからだ、というわけである。これはプラトンの洞窟の比喩ともいわれている。ふつうの人間は洞窟の中で外をとおる事物の「影=仮象」を見ているだけである。「真の姿」は洞窟の外にある。そして、この洞窟の外を見ることができる人こそ哲人であり、国家はこのような哲人に任されるべきだーーとなっている(「国家」 ワイド岩波文庫)。そしてこのような考え方は「歴史主義」にもつながっていく。つまり、人類の歴史の変遷の裏には、簡単には目に見えないが、しかし、「歴史の法則」が働いている(ちょうどプラトンの眼には見えないイデアのように)。そしてこの考え方を最も体系化したのは、勿論(ヘーゲル哲学をひっくり返した)マルクスである。このような西欧哲学の基本的な姿勢というか考え方を上記カール・ポパーは「プラトンの呪縛」と呼び、この呪縛からの離脱を論じており説得力がある。又、このように怪しげな言葉の一つに、例えば(ヘーゲルが好んで使った)「民族精神」などというのもあるという指摘は確かに考えさせられる。

しかし、正直にいうと、なにか、ものすごく頭脳明晰な人であれば、あるいは、そのような人が艱難辛苦、努力すれば仮象にまどわされることなく、「物事の本質」、あるいは(マルクスのように)人類の発展の「歴史的な法則」なるものを見いだせるのではないか、という気持ちは、読書し考える人である限りどうしても捨てがたく、魅力がある。しかし、カール・ポパーほどの碩学がこのプラトンの呪縛からの離脱を論じていることは、救いになる。

ということで、実践的な教訓 2、 物事の 「本質」を見よ、とか、「真の姿」を理解すべきだ、などということは決して言わないこと。なぜなら、そのような言葉は、どんなことでも説明し、わかったような気分にさせるか、あるいはどんな議論も反駁可能にしてしまうから。

言葉と言えば非常に印象に残った本がある。S.I ハヤカワの 「思想と行動における言語」(岩波書店)である。これは最近勧められて読んだ本であるが示唆に富む。あえて簡単にそのポイント(の一つを)紹介すると、要するに言葉は地図のようなものだという。例えば町には山があり、川があり橋があり、家、あるいは教会の塔がある。地図がこれらに対応しているように、言葉はこのような町を描き出している。つまりこれらの地形にそれぞれ対応し描くために「山」や「川」「塔」などの言葉つまり記号が使われている。この意味で言葉は記号であり、事物との「対応関係」を忘れると言葉はいったい何のために使われるのかわからなくなる。

次に、言葉には「抽象性の階段」というものがあることに注意しなければならない。例えば、ある農家にまだら模様のベッシィーと言う牝牛がいる場合、「ベッシィー」と言えばこの牝牛をさすが、次に単に「牝牛」というと、ここですでに言葉の抽象化が一段進んでおり、さらに「家畜」と言えばさらに言葉の抽象性は高まる。このように進んでいくと次に牛は「農業資産」となり、さらに「資産」と言えばもはや農業に関したいろいろな特性はなくなり非常に抽象性の高い言葉となる。そして、ついには「富」と呼ばれるともはや牝牛ベッシィーの特性はすべて消えてなくなり、その内容を特定することが難しい高度抽象語となる。これを抽象の「ハシゴ」という。(上記同書p.173)。そして言葉にはこのような抽象のハシゴあることに気をつけないと議論は迷走するか、意味をなくすることを指摘している。

普段、あまりこのようなハシゴを意識しないが、確かにこの言語の特性は要注意である。このことを強く感じたのは、これも最近読んだスターリン時代を書いた「スターリン -赤い皇帝と廷臣たち」である。この本は上下2冊の大部な本であり、スターリン政権の(つまりスターリン個人の)動きをほとんど時間ごとに追っているともいうべき本である。そして、この中でスターリンのもとで進められた粛清の驚くべき姿が描きだされている。そして、この大粛清の最大のポイントが「富農」とはなにかというところにあることが実に興味深い。農民といっても富農(クラーク)はプロレタリアート階級の敵であり粛清されねばならないというわけである。ということで党の各部・地方に指令が飛ぶが、だんだんわかってきたのは一体この「富農」とは誰のことを意味するのかはっきりしないということである。ということで現場は混乱する。何しろ地方としては指令を忠実に実行していることを示すために定期的に、例えば毎月何人の富農を粛清、つまり処刑したたかを中央に報告しなければならないわけであるから、なんとか勝手に解釈する。(例えば、馬を5匹持っていたら富農とする。しかし、これも例えば6匹だったらどうか。あるいは7匹持っているとしてもその大部分は老馬であり使えないのだから除いて考えるか―等々)。このところを読んでいると上に述べた言葉の抽象のハシゴを思い出さざるを得ない。ある貧しい一人の「農民」から、「農民階級」さらに「富農」と進んでいくと言葉はまさに抽象のハシゴをどんどん昇っていく。

ついでながらというのも軽率かもしれないが、カンボジアの虐殺については最近いろいろな資料が出始めている(裁判が進んでいるようだ)。まだ、詳しいことは判らないが、以前「キリング・フイールド」という映画が出てその一端を見たような気がする。ここではクメール・ルージュの思想として 「知識人」の粛清が出てくる。ところがこの「知識人」というのが抽象的で何を意味するのかわからない。勿論、医者は明らかにこれに属するということで、人を集め党の幹部が、「この中に医者の資格を持っているものはいるか」と聞く。党は医師を必要としているというようなセリフも出てくるが、しばらくためらった後何人かの医者が前に出てくると、ただちに隣室に連行して射殺する。医者などは分かりやすいが、より一般的に粛清の対象として「知識人階級」といわれても実際は判らない。それでも党の中央からは、今週粛清した人数を報告せよという指令がくるのでなんとかやらざるを得ない。映画では、ついに働いている人の手を見て歩く。そして掌が白っぽい農民は知識人だとして処刑する(一つの場面では、手の白っぽい農民を畑から引きずり出し、頭にぱっとビニール袋をかぶせて抑え込む。ほんの数分で処刑はおわる。)。これは映画であり歴史的な事実として今後さまざまに検証されていくと思われる。が、ここでもあらためて言葉の抽象性と言う落とし穴に気づかされる。また、抽象性が高いほどプロパガンダとしての威力が増すように思われる。

こういうことを考えていると、マルクスの共産党宣言に出てくるプロレタリアート(階級)とは何を意味するのか。(これまであれほど多量の文書・演説の中に使われてきた言葉であるにも関わらず)。ブロジョワ階級という言葉も同じである。大体この「階級」という言葉も実に抽象的である。労働者でも多少資産があればどうか。ブルジョワといわれる経営者も貧しい人はいくらでもいる。昔、よく読まれたルカーチの「実存主義かマルクス主義か」(岩波現代叢書)でも、プチ・ブル階級という言葉が頻繁に出てくるが、これは一体何を意味しているのか。牝牛ベッシィーなら、これだとわかるが農業資産といわれるともはやこれはブルジョワ階級のものなのか。さらにプチ・ブルというともっと広いのか。歴史を振り返ってこれらの言葉がもたらした混乱と悲劇は戦慄に値する。

上記のハヤカワの本は、これらのことを論じた最後に、次のようにしめ括っている。

「もし、以上の諸ルールが多過ぎて憶えにくければ、少なくとも次のことだけは記憶されたい。 ―――牝牛の1は牝牛の2ではなく、牝牛の2は牝牛の3ではない——-」

そこで、実践的教訓 3. およそ「政治家というのは、――」とか、どうも「アメリカ人と言うのはーー(勿論、この国籍はいろいろ入れ代えても同じである。どうもあの○○国人と言うのは、という言葉はしばしば聞く)」、あるいは、「近頃の若い者はーー」などと言う言葉は使わないように心がけよう。このような言葉を使うと何も議論したことにならない。つまり、このような言葉は、不毛な議論を招き、お互いに議論することによって少しでも理解を前に進めていこうとする我々の努力をまったく無にしてしまうから。

 

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