採用学

  ビジネススクールの一科目に「採用学」と言う分野があるとは、まさに寡聞にして知らなかった。10月4日の日経のコラム記事によると、採用学は経営学の一分野として、アメリカでは専門的な教育・研究が行われているとか。これによると、採用学は、1、募集 2、選抜 3、組織化 とに分かれているよし。ここで1,2はなんとなくわかるとして、3は何を意味しているのかと思うが、これは、要するに新人教育の分野だそうで、採用した新人をいかに戦力化していくか(例えば新人の指導に当たるメンターの配置など)と言う問題を扱うそうである。全体としてこの分野の研究では、面接や筆記試験などの選抜方法で、どれだけ正確に新人の能力を見抜ける実績を上げているかなどについて追跡調査しデータ分析などが行われているらしい。

このように採用学などと言う言葉に多少驚いたのは、日本で面接採用試験にたづさわる機会があり、なんとも疑問を感じた経験があることによる。というのは大学(大学院)の教員として勤務していたころ、新しい専任教授の採用手続き(要するに准教授クラスの採用)に参加した。先ず、採用の対象はすべてオープンであり、確か年齢制限はあったと思うが、応募者は世界から募集する。つまり、インターネット・一般広告媒体で求人を公開し応募を認める。このこと自体は、広く人材を求めようとする基本姿勢から見て結構なことである。かつては、大学の教授は東大も含め大学院時代から、これと思われる人材を助手として残し、この助手時代に書いた論文を基に教授の推薦で採用されると言うのが普通であった。要するに、教授となるための徒弟時代である。たまたま、学生時代の下宿の隣の部屋に、まさにこのような大学助手がおり、なにやらあまり学生と変わらないような生活をしていたことを知っている。その後、なんとなく注意していたが、めでたく教授に昇任している。このような伝統的な教授採用プロセスにくらべれば、この空きポジションを一般に公開すると言う方式は、より開かれたシステムであり、多分いまでは殆んどの大学で採用されていると思う。このように大学の教員の採用方式がいわゆる徒弟制から公開へ進んだのは、実際は徐々に進んだようで、たしか、かなり以前になるが、国立大学では広島大が最初に採用し、当時、このオープン方式は一種の驚きをもって報道されたという記憶がある。

とにかく、こうしていろいろな人の経歴書が送られて来、先ずはこの経歴書の束が筆者など教授陣に回覧される。だいたい候補者は30才台となっているから、多分年齢制限をかけてある程度事務的に整理された一覧であろう。このなかから、一応目星をつけておけと言うわけである。さて、その当日は、当の候補による摸擬授業・プレゼンテーションが行われる。聞くのは教授陣の人事委員会のメンバー。大体プリゼンテーションは30分程度、その後、15分から20分程度質疑応答の時間がある。教授陣は積極的に質問をするよう勧められる。これが終わると、別室に移動し、教授陣がテーブルをかこんでいる前で面接のやり取りが行われる。この時の司会・議長は当大学院担当の理事である(教授資格をもっている)。面接の予定時間はほぼ30分。結局、併せてだいたい一人1時間半ほどの面接プロセスとなる。

ところで、この面接の際、実は、議長たる担当理事から冒頭(受験者の入室の前であるが)、驚きの発言がある。--「これから面接を始めますが、教授会のみなさんは積極的に発言・質問をしてくださいーーーそして、65歳の定年までしっかり働いてくれる人を採用してください。」つまり、今はだいたい30才代で、これで准教授として採用されれば65歳の定年まで働くことが予定されているのだ。参加している筆者としてはここで猛烈な問題に遭遇する。この15分ほどの面接で(30分程度のプリゼンテーションがあるとはいえ)65歳まで懸命に働く有能な人材を選別しなければならない。これはまともに受け止める限り不可能である。一応大学の教育に責任を感じている限り、これはなんともおそるべき圧力である。たまりかねてある時、これでは採用に自信を持ち難いので、この際、有期採用(採用期間例えば3年)の制度を導入してはどうかと教授会・人事委員会)で提案したが、これは一蹴にふされた。筆者の所属していた大学院は学部から切り離された大学院であったが、人事委員会では「そのような有期雇用のやり方は本学の大学院では他に例がない」そうだ。

かつて国際機関の管理職の立場にあった際も、採用面接をかなり経験した。今ではどの国際機関もホームページで空きポジションをひろく公開している。しかし、この一方で注意すべきは採用契約は2-3年の有期が原則であるということである。採用後、能力が十分と分かれば契約が更新されて、場合によっては終身(一定の定年まで。レギュラーともいう)契約に書き換えられる。さらに重要なことは、この際応募者から提出されるレファレンス(一種の推薦状のようなもの)である。これは前雇用者あるいは過去の上司によるレターであり、普通応募者自身は見れない。(しかし、オープンのものもある。)勿論、一般的に悪いことは書かないがあまりとんでもない判断を書くと書いた人の信用が損なわれると言う問題もある。要するに採用に当たってこのようなシステムが備わっているので、多少安心感もある。もともと、就職自体が専門家を選ぶという感じであり、一般にこれら専門家は一種のネットワークを持っていて、お互いに情報を公開し、これまでの実績などもある程度知られていることが多い。いわゆる短期コンサルタントで働いた経験もあり、これらもある程度採用に当たって参考になる。筆者の経験でも、実際、国際機関で課長クラス中堅ポストの採用に失敗した記憶がある。しかし、その時は有期契約で雇用を停止することができた。しかし、上記のような日本の大学教授の採用手続きに従うと、採用するにしろダメにするにしろ、自分の判断の無責任感からまぬかれ難くまったく困惑した(最初は推薦状も紹介状もなく丸裸であったが、その後すくなくとも紹介状をつけることに改められた)。つまり上記のような採用試験は、オープンなシステムにより広く人材を求めるという理想とこれをささえるシステム・インフラ(きちんとした責任あるレファレンスのシステム等)の欠如とが結びついた最悪の例ということができ、まさに採用学の欠落を示す良い例である。

法律的には日本に於いては、有期雇用をみとめても通算5年を超えてはならない規定となっているので、限界はあるが、この有期の雇用ももっと活用されるべきだ(アメリカでは大学の若き助教授が2年ごとに全米を回って職探しをしている姿を見たが、これは一体どの年齢・地位あたりまで続けられるのかはよくわからない。ただし、教授となりテニュアーをとると、文字どおり年齢制限なしの終身契約となるようであるが)。

そこで、翻って、日本のあの新卒一斉採用ではどのような面接・選抜が行われているのであろうかと想像する。昔、ハーバードの短期管理者研修に参加したメンバーと会食の機会があったので、このようなことを話題にしたことがあるが、そこで、ある日本の総合商社の幹部経験者によると、例えば、アメリカで博士号を取ってきたというようなことはあまり重視せず、関心もないそうである。日本でも能力のある人間はいくらでもいる。若いうちに、見込みのある人間を採用し、3-4年かけてこちらの思うようにじっくり訓練、鍛錬させるのが一番だそうである。おそらくこれが現在の新卒一斉採用のシステムを支えている考え方なのであろう(もっとも、よく考えるとここで「見込みのある人」を見分けるにはどうしているのか気になるが)。

あるときテレビを見ていたら、新卒採用の現場のルポ番組があった。一人の新卒者のいわゆる就活の動きを追いかけるようなルポ番組であったが、あるところで、当の新卒者が幾つ目かの面接を受ける場面が出てくる。その中の一つで、応募者が営業希望とかで、面接者が営業で成功するポイントはなにかというような質問をする。すると当の応募者は懸命に「営業は笑顔です!」と答える。するとこれがどういうわけか採用担当の気に入らなかったらしく「笑顔で営業が進むと思うか」となにか怒り出し、いらだった発言をする。その後、当の応募者と同時に採用者側での困惑ぶりが映し出されていたが、しかもありなんと感じた。採用に当たって何を見、何を聞き、何を重視するのか。このルポの一場面は、毎年一斉に繰り返される新卒一斉採用の現場における意外な困惑と混乱の一端を示しているようだ。採用者側もこれからの会社の将来を展望すると、勿論、拡大一方の時代はおわりニーズの変化とその対応、あるいは海外の会社のM&Aの可能性等ありうべき今後の大きな変転を感じているはずだ。これを短い面接のなかでどのようにとらえ、取り上げていくか。上のルポ場面は受験者のみならず採用する側の困惑といら立ちをも示しているように見えた。

ついでながら、先日やはりあるテレビ番組で、コマーシャルの一環だったと思うが、面白い場面が出ている。そこでは、なにか会社に採用された一人の新入生が写っている(この場合女性)。朝、新入社員は恐る恐るきめられた机に座るが。誰も何も言ってこない。そのうち目の前の電話が鳴る。どうしようもないので見ていると誰も電話に出ようとしない。そこで、当の新入社員は多い切って電話を取る、そして、思わず「00商事でござります」というような珍妙な返事をする。これを聞いて周りの社員一同一斉に大笑いとなる。しかし、これで新入社員もその場になじんだようなかんじとなり、そのうちお昼が来て当の新入社員も連れ出される。このような中でなんとなく教えられ見習って社員として一人前に成長する。これはコマーシャルンの一環だから多分に戯画化されてはいるとおもうが、筆者にはなにか日本の新入社員の姿とそれが会社になじんでいく姿を象徴しているようで興味深かった。(それにしても電話のかけ方も良く知らない職員を何故選んだのか。コマーシャルとは言え疑問だが、これが一つのコマーシャルの場面として成立するところが面白い。)

何といっても、日本では新卒(電話のかけ方もよく知らない?)一斉採用が基本である。それで、「65歳までしっかり働く人を採用しなければならない。」以前、日経の「私の履歴書」でオムロンの立石会長が強調していたことを思い出す。「わが社で中途採用した社員はろくなことがなかった。皆、途中で独立したり、会社に離反して去って行った。従ってわが社としては中途採用は一切信用しない。あくまでも団結力を固められる新卒採用に限る。これはゆるぎない社の方針である」 これが今でもオムロンの方針であるかどうか良く承知しないが、多分に日本の採用における今でも有力な体制であることは確かだろう。

しかし、これから明らかに社会は変わる。、又会社の戦略、戦術も変わっていくだろうし、人材にたいするニーズも変わるだろう。と考えると、日本でも採用学は専門分野の一つとして十分議論し研究されるべきである。これで65歳の定年までしっかりはたらく人を採用してくださいーーと言うことであるとすれば、採用学はあらためて真剣に取り組むべき分野である。(最近の産業経済新聞をみていると、「採用力」というというコラムでこの問題を扱っている。日本でも次第にこの分野の意識がたかまっているようだ。)

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