対照的な二人

表題の対照的な二人とは、今年のノーベル物理学賞に選ばれた青色LEDの中村教授と天野教授の事である。

中村教授の履歴についてはよく知られている通りであるが、ノーベル物理賞発表の際の記者会見での様子が、その後しばしば報道で引用されている。この様な受賞にまで至った「支え」と言うか動機は何ですかという記者の問いに、「怒りだ、怒りだ、とにかく最初から終わりまで怒りだ」というような発言をしている。この「怒り」はその後も繰り返し引用されているので周知のこととなったが、実はこの「怒り」が何を意味しているのか、何に対する怒りなのかは必ずしもはっきりしないところがある。一般には、中村教授がかつて徳島県の日亜化学の社員であり、この時代に青色LEDの開発に成功していながら会社側の報酬はわずかであり、これを巡って訴訟にまでなった、という経緯を受けて、多分日亜化学に対する怒り、反発そしてこれを逆にエネルギーにしての研究努力というようなことを意味しているのではないかと解されている。確か、かなり以前、この発見が報道されは始めたころの記憶ではなにか報奨金2万円をもらったとか報じられたような記憶もあり、確かに、この問題は当初から社員に対する報償の低さとそれを当然としているかのような日亜化学のいかにも傲慢な対応という構図で理解され、言わば会社側の無理解というか視野の狭さが浮き彫りにされていたような印象がある。しかし、今回の発表後の様々な報道によると、中村氏自身は破格の(3億円とか)研究費をもらい、留学もし、結局、年俸もいつからかははっきりしないが役員並みの高さまで引き上げられていたとも指摘されている。更に訴訟の結果として8億で和解しているとかで、この中村氏の怒りについては逆に批判的な論評もある。

しかし、これら一連の報道を見ていても、結局、中村教授が受賞最初の会見で(つまり一番注目される会見で)、怒りだ、怒りだ、徹底的に怒りだ、と述べたことの意味と言うか趣旨はどうも明確でない。中村氏自身もこの「怒り」の具体的な意味(あるいは対象)を述べていないようなので、ますますはっきりしない。しかし、これら発言を全体として眺めると、中村氏は実は日亜化学という一企業の対応に怒っているのではなく、もっと広く研究者に対する日本の研究環境特にサラリーマン研究者の不思議であいまいな立場と言う基本的な問題に強い批判的な意見を持っている、と理解するとその「怒り」の意味が分かるような気がするし、むしろ、そのようにとらえる方が、ノーベル賞学者(研究者)としての発言の重みも正しく伝わるのではないかと思う。

要するに、今回の記事、報道などを見ていて感じるのは、日本の会社におけるサラリーマン・社員の立場の曖昧さである。それが今回のように特別意欲的で才能のある従業員と会社との間の問題として浮き彫りにされ、浮上してきたのではないかと感じる。つまり、日本の職場の中におけるなにか自由のなさ、何かを自分でつまり自主的に選んだという関係の欠如、言い換えると契約関係と責任の所在の不明確さである。とはいえ、当然、最終には法的な制度はあるが、何しろ基本的な契約関系の曖昧さから、結局このような裁判はある意味で突遽として持ちだされ、法的に解決されたというよりもなにか遺恨試合のような感じを残す。今回もこのような背景と構図が見られ、中村教授の「怒り」はこのような日本的な自主権、自己決定権、契約の関係の欠如という曖昧さにたいする怒りだと理解するべきだろう。と考えると少しわかってくる。

日本の職場はなんとなくあいまいである。採用の契約もはっきりしないが一方で終身雇用を保証しているような気分もある(しかし、本当に保障されているのかどうかは必ずしもはっきりしない。いつの間にか、窓際族になる可能性もある)。実は筆者がこのようなことを考えるようになったのは、(長らく日本の職場を経験した後で)国際機関に勤務するようになってからである。職員の採用も色々なケースを経験したが、基本的には組織と職員との関係はすべて契約ベースである。採用契約には必ずジョブ・デイスクリプションがあり期待されている職務の内容は可能な限り詳細・具体的に契約に記載(項目別に列挙)される。採用後においても具体的に会社のどの分野に進んでいくかは自己選択であり、会社の方もこのような職員の自主的な選択が可能なように研修などで必要な支援もする。と同時に、もし処遇が自分の能力を十分に反映していないと思えば、職員が他の会社に転職したり(引き抜かれたり)することも自由である。ここにはなにか自由と自己責任の世界と言うような感じがある。今回のケースのように研究職のような従業員の場合はどのような契約になるのかは具体的にはわからないところがあるが、おそらく特許と職員にたいする対価などの扱いはこの契約上明記されているはずだ。これらについては、日本の特許法では確かに特許権は従業員にあると明記されていて、従業員研究者にむしろ有利に見えるが、会社は相当の対価を支払ってこれを会社に移転させることが出来ることとなっており、この相当な対価と言うのがあいまいである。実務的には、これら特許は会社の決めた「規約」によりしかるべく会社の方に移転することとなっている例が多いそうであるが、この点も「会社の規約」であって研究者自身が自ら決め同意したという関係はあいまいである(おそらく自分のあずかり知らないうちに会社の規約が決まっていたいうような関係であろう)。勿論、大部分のケースでは、この曖昧さは表面には出てこない(規約もあるのだしなんとなくそんなものかということになるだろう)と思うが、今回のケースのように、結果的に、この発見・発明が稀有なものであり、市場の発展に伴って会社に膨大な利益をもたらすということになると、この始まりからの曖昧さが訴訟を生み出し、結果としてこの訴訟もなにか遺恨を残すようにもなりやすい。この様にみると、今回の中村教授の「怒り」は、このような日本的な曖昧さ、-これは会社側だけではなくキャリアを自己選択するという責任を回避している従業員側の両方であるがーに対する怒りなのではないかと思われる。

もう少し広く目を転じると、アメリカのような職場・ビジネス環境ならば、仮に有力な発見・発明をしたという自信があるならば、これをもとにベンチャー企業を立ち上げるという社会全体の仕組み(出資者や支援者アドバイザーなどの存在)もある。

一方、天野教授の場合であるが、天野氏の発言はあまりマスコミに報道されずよくはわからなかったが、先日、珍しく天野教授がテレビインタビューに応じる場面があった。これは珍しいという感じで聞いていたが、その発言はある意味で興味深い。つまり、「自分は自分の好きなように研究してきた。格別誰からも指示や監視を受けることもなく自由にやってきた。この様に、自分のやりたいと思うことを自由にでき、そしてそれについて誰からも口を挟まれないというこの雰囲気が自分を育ててくれた」と言う趣旨であった。これは又非常に日本的であり、むしろこの日本的な雰囲気こそ大発明・発見の基礎であるというようにも理解される。この意味での、中村教授の発言との対比が興味深い。中村氏は、結局、日本を去り、アメリカの研究環境の方を選んだわけだ。勿論、天野氏は大学の研究者であり中村氏は従業員研究者であるという違いはあるが、アメリカの例を見ると基本的にはどちらも同じである。仕事の内容は契約に記載され、一定の期間に成果を上げないとくび(契約解除)になるが、同時に優秀ならばより有利な職場に移る(引き抜かれる)という自由もある。

 さて、問題はこれからの日本の発明・発見・特許あるいはノーベル賞などを展望するとき、どちらに分があるのか。天野氏の発言を聞いていてにわかには決めがたいという気になった。しかし、これからの日本と言えば、研究・特許の分野においても必ずしも日本人のみならず海外からも様々な才能を引き付けていかなければならないことは明らかであり、とすれば、やはり上に述べたような日本的な職場あるいは研究環境の曖昧さは見直す必要がある。自由な研究と言う意味ではあまり研究にガバナンスを持ち込むことには賛成できないが、やはり、研究者・従業員のインセンティブを刺激するには、職場あるいは雇用関係のあいまいさ、遺恨、裁判、怒りと言うような結果をもたらさないことが必要である。

 ついでながら、日本の特許権の扱いについて改正案が現在検討されているようだ。これによると、現行と反対に、特許の帰属は会社とするが、従業員には相当な対価を払うということを明記する案が検討されているようだ。しかし、これでは、「相当の対価」というところが日本的であいまいである。やはり従業員の自主的な判断が入りうる契約(雇用・労働契約)上に明記することとするべきだ。これからは、大学にも企業にも様々な国から様々な才能が集まってくることを十分踏まえ、日本的なあいまいさを避ける工夫が必要だ。最近日本でもしばしば報道されるようになったベンチャー企業やその出資ファンドなども、これからの日本ではもっと発展していくことが必要だ。中村教授の「怒り」はそれを示している。

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