STAP細胞(監視カメラの下で)

報道によるとSTAP細胞の検証実験が進められていたが、ほぼ4か月を経て、発表された論文の線で実験を繰り返しても狙いとするSTAPは作成できないことが明らかとなった。この実験は、「STAP細胞はある」と確信する小保方研究員が自ら進めたわけであるが、この再実験にはガバナンス確保の観点から監視カメラが設置されたそうである。また、どのようにしたのかよくはわからないが定期的な立ち入り検査も行われたとなっている。(この結果を見て当の理研の方でも進めていた独自の検証実験もこれで打ち切られる由)。これで言わば「小保方方式」によるSTAP細胞はないということがほぼ確定したということになる。一件落着か?

勿論、そのようなことはない。一応決着を見たのは「小保方方式」のSTAP細胞の存在であって、この方式以外のSTAP細胞(つまり何らかの刺激による万能細胞化)の存在の可否も決着したわけではない。さらには小保方式(詳しくはわからないが一定の酸性液を使う)についてもまだ、他の方法的なバラエテイがあるに違いなく、これらがすべて閉ざされたされたわけでもない。この件が報道されてからしきりと解説に出ていたように、木も枝を切り落とすとそこから不思議と新しく芽が出て枝分かれしていく。我が家の庭木も、庭師の適切な剪定でなにかこんもりとした森のようになった。実はこの切れば芽が出ると言う原理も生物学的には十分解明されていないらしい(切り口をよく見るとすべてから芽が出ているわけではなく、切り口のうちのなにか特定の細胞が蘇生してくるようだ)。生物学には、まだわからことが多数ある。一昨年に出た「エコノミスト特集号 30年後の世界」で、今後急速に発達が予想される科学分野は生物学となっている。生物学は他の科学分野に比べてもまだまだ知られていないことが山ほどあるのだ。英語で、もれなく徹底的に調べるという慣用表現に No stone left unturned.という表現があるが、実際、今回の件でわずかに小さな石が一つひっくり返されたに過ぎないと言う事だ。

この様にある実験結果が失敗であったと言う事が、実は科学の進歩にとってしばしば重要な意味がある。身近な例であるが、アメリカのハーバードの医学部で教授の指導を受けながら2年ほど研究・実験をした人の話(経験)を知っている。なにか人間の皮膚のアレルギー反応のメカニズムの追求と言う事だったらしいが、結局2年かけても教授から与えられた枠組みの中では結果は出ないことが判明した。要するに実験は失敗である。ということもあり、またアメリカ滞在のビザ問題もあったので、当の研究員は、結局日本に帰国して医業に復帰した。しかし、それからかなりたって、突然、当のハーバードの教授からサイン入りのfaxが届いたのである。これによると、その教授の研究室では、試みられた最初の道は袋小路であるという結果を踏まえ、今度は別の人に別の道を探らせた(こういうところは実にアメリカらしく、だめなら切り捨てて別な研究員と契約する。ドライなものである)ところ、一定の成果を得て、ようやく科学雑誌に論文を発表することが出来る段取りとなったそうである。しかし、この教授のfaxによると、この新しい成果は一つの道がだめだったことを踏まえ、それを土台にして次の道を探ったわけであり、最初の実験の失敗がむしろ土台になっている。ついては、この論文のauthors(先端研究員から監督者としての教授まで多数の名が並ぶ)の一人として、最初の研究者の名前を掲載しなければならない、掲載しなければ論文として不当なものとなる。ということで、わざわざ日本までfaxを送ってきて署名を求めたとかであった。これには多少驚いたが、同時にアメリカの学会の公明正大さも分かるような気がした。ある博士論文では、一つの治療を試みたが効果がなかったことがテーマとなっている。しかし、これで立派な博士論文であることには変わりはない。

こういう例を挙げていけばきりがない。どうしても思い出すのはフレミングのペニシリンの発見である。伝えられるところによると、なんとある日実験のために準備していたシャーレにカビが生えていたそうである。実験シャーレにカビが生えるなどと言う事は、実験失敗を意味するのみならず、そもそもシャーレも清潔に保てないようでは研究者としての技能・素質も疑われかねないところであろう。フレミングは慌ててこれを捨てようとしたが、ふと見ると、青かびの周りが円形にきれいになっており、細菌が繁殖していないーこの「ふと見た」、この瞬間が人類に抗生物質による(おそるべきともいえる膨大な)恩恵をもたらすこととなった瞬間である。(一説によると、イギリスで戦後始まったゆりかごから墓場までと言われる社会福祉計画が破たんしたのは、このペニシリンの発見によるともいわれる。ペニシリンが単離されたのは大戦の最中1942年である)。

マイケル・ファラデーによって人類に電力がもたらされたのも、その伝記などによると、そもそも実験の失敗が契機である。(電気自体は、そのころまでに、ベンジャミン・フランクリンの凧の実験やガリバルディの生物電気などですでに知られていたが、人間の力で電気を作り出せる、つまり、発電の原理を発見したのはマイケル・ファラデーである)。当時(1830年代)デンマークのエルステッドにより「流れる電気」が磁気をもたらすことが知られていた。であれば、とファラデーは考えた。逆に磁気から電流を作り出せるはずだ。そこで、ファラデーは、大型の穴あきコインのような鉄の円盤を多数重ねたものの一つの端にコイルを巻き、これに電流を流した。重ねた鉄板により磁力は増幅され、強力な磁力が発生するはずである。そこで同じ鉄の円盤の別の端にコイルを巻いておけばこの磁力の影響で、こちら側のコイルには電流が発生し、検針機の針がふれるはずだ。ところが、一方のコイルにいくら電流を流しても検針機の針は(ファラデー自身が実験ノートに書いているがーまことに不思議なことにー)まったく動かない。実験は失敗である。何度やってもダメなので、ついにファラデーは電流を流す装置を切り離そうとする。その時(伝記によると、この瞬間、ファラデーの首の動きが少し遅かった、と書いている)目のはっしこに、別のところにおいてある検針機の針がピクリと動くのを見つけるというか感じた。この瞬間が、人間によって電力を作り出すという偉大な発見の瞬間である(つまり電力は電流の切断という変化した磁力によって発生したのだ)。STAPは行き詰った。しかしこれで一件終わりではない。最高の研究機関たる理研はそのように受け止めるべきである。報道にはあまり出てこないが、そのように考えている研究者は多数いるはずで、おそらくいま世界中で第二のSTAPを求めて猛烈な競争が始まっているに違いない。

以上のような基本的な問題とは別に、本件報道を見て何とも解せないのは監視カメラである。これは何とも解せない。小保方さんが、なにかポケットから別の鼠かなにかを取り出すところでも見ようというのか。仮に小保方さんが、いわば本格的な詐欺師なら別であるが、その履歴や多少問題となった博士号も結局は取り消されていないところから見ても、これを詐欺の一件ととらえることは全く解せない。この点については研究者の中で同じような意見を持つ人もいるらしく、先日の記者会見について、最近の日経新聞は以下のような報道を載せている。

ーー会見が終わり、いったん退席した相沢氏は再び戻り、小保方氏の実験をカメラで監視したり立会人を置いたりしたことについて「科学のやりかたではない。犯罪人あつかいをするように科学の行為を検証することはあってはならず、責任を痛感している」と謝罪した(記事によると相沢慎一氏は検証実験チームのリーダー、とか)。

この謝罪が何を謝っているのかわからない(実際この監視カメラ設置を発案した人がいるはずで、これを承認した責任者もいるはずだ。一体誰なのか)が、責任者がこのように発言した以上、当然ながら、今後研究者に監視カメラが付くようなことはないのだろう。

実は、これに関しては思い出すことがある。阿川弘之による伝記「井上成美」に出てくる逸話の一つであるが、ある時、海軍に水から石油を作ってみせるという人物が現れたそうである。当然海軍の将校連は、(当然多少の科学知識を持っていれば分かるように)、そんな馬鹿なことはあり得ないとして、これを追い帰そうとしたが、その時、山本五十六がちょっと待てと言う事で、海軍の事務所の中でやらせたそうである。当時は、監視カメラと言うようなものはないので、当然誰かひとり海軍の将校が交代で24時間監視につく。当の人物は何やらビーカーに入れた水をぐつぐつにたてたりかき回したりしている。しかし、1日たっても何も変化はない2かたち3日たち、当の海軍将校連も疲れ果てたころ、突然ビーカーの中が石油に変わっていたそうである。ということで、大問題になるが、海軍の将校連の中で要するに切れ者がいて、当の人物に渡した機材の特徴をひそかに克明に記録していたそうである。つまり当の人物に渡されたビーカーの特徴(小さな傷やわずかな歪み、偶然含まれている微細なゴミなど)も克明に記録されていた。結果、石油ができたと渡されたビーカーは見事にすり替えられたものであると言う事が判明し、それこそ一件落したとか。これは言わば稀代の詐欺師の話だが、今回の事をこの様な話と混同すべきではない。上の相沢リーダーの言っていることも分かる。

別の報道によれば、組織として理研の在庫品管理が十分なされていないとか、備品の発注の手続きに不備があったとかが指摘されているが、このような組織管理上のガバナンスは当然しかるべく強化されるべきだ。しかし、研究に安易にガバナンスを持ち込むことは疑問である。

フレミングの実験室に監視カメラがついていたら、あのカビで汚れたシャーレはどうなっていただろうか?

追記 最近、ハーバード医学部での研究室を経験して日本に帰ってきた人の話を聞いた。それによると、ハーバード医学部の研究室にも監視カメラがついていたそうである。そして、その目的は、つぎのような事だったそうであるーー

(1.)研究室内のコンピューターや顕微鏡など高価な機材の盗難を防ぐ(成程ーーそれなら、逆に日本でも同じような問題がありそうだが、これにはどのように対処しているのだろうか)。

(2) 研究者同士の競争は熾烈であり、その結果、ある研究がうまくいってるようだと言うような噂がたつと、これを妨害するために、ひそかに研究室に侵入して研究材料に異物を投げ込むというようなことが発生する危険があり、これを防ぐため。(驚いた話だが、現に、このような妨害者の後頭部がカメラに映っていたそうである。多分、この場合は、侵入者もどこに監視カメラがあるかわかっていたに違いない)。

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