傘とリュックサック

以前、ビジネススクールで教鞭をとっていたことがある。ビジネススクールと言う事で学生は何らかの形で現役のビジネスマンであったが、当時グローバルな教育環境を掲げていたこともあり、学生のかなりの部分は海外からの留学生であった。といっても、そのほとんどは中国、台湾、韓国などの東アジア系の学生であったが。ところで、そのような留学生の一人にどうも奇妙な感じの人がいた。奇妙と言うか、なにかどうもその恰好がいただけないのである。当の学生は、リュックサックを担いで学校にやってくる。ビジネスマンは手提げ用のビジネスカバンを持つのが普通であり、勿論、カバンを肩にかけるスタイルはあるが、このリュックサックで現れるということには違和感がある。と言っても、これは既にやや時代遅れの発想で、今ではビジネスマンがリュックサックをかついで仕事に出るというようなことも珍しくなくなった。これは、手提げかばんと違って何しろ両手が自由になるという利点があり、又、最近はリュックサックと言ってもスタイルがよくなりブランド品も出ているという傾向を反映している。と言う風に考えれば、ビジネスマンとはいえ学生なのであるし、リュックサックで現れても別に驚くことはない、とも言える。それはそうなのだが、奇妙なのは、当の学生が、その背中のリュックサックにコウモリ傘をひっかけ、ぶら下げてくることである。日本のあの便利極まりにない折り畳み式傘を知ってか知らずか、当の学生は、多少空が怪しいというような感じの日は、このリュックサックに長いコウモリ傘をかけてやってくる。勿論、映画などでも野武士が長刀を背に斜めにかけて馬を走らせるというような場面もあり、これはなかなか恰好がよいともいえるが、この学生の場合、何しろ、担いでいるのがコウモリ傘である。たまたまその学生が東洋系であることもあり、さほど背が高いわけでもないので、背中のコウモリ傘はリュックサックからほとんど床につくばかりである。勿論、当の学生自身にはそんな姿は見えないわけであるし、何しろカバンと違って両手は自由であるので、コウモリ傘を担いだまま、いかにも得意げに廊下を闊歩する(というように見える)。しかし、どうもこちらとしてはいただけないので、ちょっと注意を喚起してみようと思った。そこで、ある日、筆者の研究室に来て少し話をした後、当の学生が(まさにコウモリ傘を背中にかついで)部屋を出ようとするとき、筆者は、

「ちょっと君、その背中のリュックサックにコウモリ傘をかけるるのはやめた方がよい。どうもその恰好はいただけない。ジェントルマンはそういうことはしない。ーーー」

と言いかけて、ふと言うのをやめた。というのは、この「ジェントルマンはーー」と言う言い方が、急に自分の意識にひっかかったからである。何故なら、ジェントルマンというのは、そもそもイギリスの伝統ではないのか。自分は日本人でありイギリス人でもないのに、何故、ジェントルマンはー、というようなことを言えるのか、と気になったからである。

そこで、自分の机に戻ってからしばらく考えた。自分としては、背中のリュックサックにコウモリ傘をかけて歩くことはいかにも格好が悪いと思っている。やめたらどうかーと勿論自分だけで思ってるならば何ら問題はないが、相手にやめさせようとするなら、それを相手に説得するための理由・理屈つまり根拠が必要である。そこで、なんとなくジェントルマンらしくないという根拠を持ち出し(かけた)わけであるが、しかし、このような根拠を示せば、直ちに、あなたはイギリス人でもないのにどうしてそんなことを言えるのかと反論されてしまうだろう。それなら、こちらも日本人として考えるとして、ーーどうも、それはサムライらしくないといってみても、今度は直ちに私は日本人ではありませんと反論されるだろう。-と、とつおいつ考えて見ると、結局何も言えないのだ。なるほど、人の立居振舞あるいは行動様式に注文を付けたり、ましてや、教えたりするというのは非常にむつかしい、と思い知った。

と思いながら、昔、イギリス人から研修・講義を受けたことを思い出した。というのは、当時、たまたま勤務していたお役所から外務省の在外公館に派遣されることになったことがあるが、このように外務省採用以外の公務員が在外の大使館・総領事館に派遣され勤務するには、事前に外務省による研修を受ける必要がある。当時たまたま赴任先がイギリス系の国であったことから、研修所側の配慮と思うが、イギリス人が主任の先生となるコースに回された。おかげでいわゆるブリティッシュ・イングリッシュのみならず、自由討議の時間などを通じて、当のイギリス人から、それこそ、ジェントルマンはいかに振る舞うか、と言うようないわゆるマナーともいうべきことをしばしば聞かされた。今にして振り返ると、当の先生がある種の慧眼(つまり日本に住みながら二つの文化の接触と言うところに関心がありいろいろ配慮もしていたらしい)の持ち主であったと言う事もあり、その時の話は、折に触れ非常に参考になり、感心もした。例えば、イギリスの紳士は小銭入れを持ち歩いたりしない。バスからおりるとき、小銭入れをのぞき込んでかき回していると言うような姿は紳士らしくないーとか。又、イギリスの紳士はちょっとした仕事ー例えばガーデニングなどで、手袋をはめたりしない。だから紳士の手はいつも多少ざらつき傷がついているーそれが紳士たる男の手だーーという具合である(以来、筆者はすっかり納得してしまったので、今でもコインはポケットにそのまま入れ、いつもジャラジャラいっている)。

昔といっても、はるかに昔、1960年代であるが、当時はまだ外貨が貴重で海外渡航もままならなかったがーーイギリスに留学した先輩がいた。その後2-3年して帰国したときに会ってみたら、ご当人は、髭を蓄えパイプをくわえていたのには驚いた。しばらくして、1970年代に入り日本人の海外渡航も少しずつ開かれたが、この頃になって、改めて日本人にとって海外の国はどうなのかと言う興味が高まってくる。ちょうど明治の初めのころような雰囲気と関心が高まったわけだ。このような知的な需要と言うか動きに当時見事にこたえたのが深田祐介の「新西洋事情」である。当時、日航の海外派遣要員としてロンドンに赴任したころの経験をもとに、イギリスの社会を書いており、筆者も興味津々で読んだ。そのなかで、深田がロンドンに赴任した時の経験が出てくる。つまり、ロンドンに着くや否や先輩から例のセビルローに連れていかれ、白いワイシャツをいきなり採寸で5枚も注文させられるところが出てくる。その時、先輩曰く、これがイギリス紳士の流儀だ。余談であるが、この中で深田はイギリス人と言うものの趣味の世界の不思議さを紹介している。つまり、深田によると、イギリス人は、田園の中の静かで小さなカナル(運河、昔石炭を運ぶために開かれ使われたらしい)に船(ヨット)を浮かべ、そのなかで自炊しながら、ゆるゆると航行して一週間を過ごす。なるほどこれがイギリス人のレジャーか、と(当時の日本の連休の騒動と比較しながら)感心したが、興味深いことに、この時、深田はどうにもイギリス人の趣味の理解できない例として、バードウオッチィングを挙げている。野鳥が枝を飛び交うのを小さな望遠鏡で見て歩くというーこれが趣味の過ごし方とは!、とこの本の中で驚いている(確かに、これを読んだ当時の筆者も、こんなことが趣味となるという事にあきれたがー今では日本でも、野鳥観察は立派で盛んな趣味となっている。あまり気が付かれていないが、時代はかわり、他国の文化がひそかに忍び込んでくるというよい例である)。

ということで、何が言いたいか。要するに、いろいろな国から来た人たちのマナーや風習あるいは文化の違いと言うものについては、軽々に何とも言えないと言う事である。これは、うっかりすると忘れてしまうのでよく肝に銘じておいた方がよい。少し前になるが、中国でオリンピックが開催されたとき、北京のしかるべき当局から、中国人つまり国民にいくつかの「お触れ」が出たとかいう話があった。その中で、朝パジャマを着たまま朝食を買いに行くようなことはしないようにというのがあったとかで、聞いた人は大体(筆者も含めて)苦笑した。しかし、改めて何故、苦笑するのかと問われると何とも言えない。パジャマを着て朝、街に朝食を買いに行くことは、別におかしいことでも悪いことでもない。この様に、パジャマを着て朝食を買いに行くな、という考え方は、基本的に「公」と「私」と言うものを強く区別する文化からきている。「私」つまりプライベートの典型と言えばパジャマ=寝室であろう。一方、朝食を買いに行く町は「公」である。この様に改めて整理してみると、苦笑の意味も分かってくる。しかし、このように「公的な場」と「私的な場」を強くしかも明確に分けるという考え方自体は一体どこから来たのか、もっと言えばこのような区別は本当に正しいのか?多分、このような考えは西洋文明の伝統から来ていると考えられるが、西洋文明のいつからか、またそれはなぜなのかと言われると必ずしもはっきりしない。しばしば、ギリシャのポリス国家が引用される。つまり、家庭のなかの「私(家庭の中にいるのは家族か奴隷である)」に対し、自由民が集まり政治を議論する場が「公」である、という考え方からするとこの公と私を強く分ける考え方は、そもそもギリシャの政治哲学に始まるのかもしれないが、それがローマを経て現代にどのようにつながるのかもわからないし、このように明確に公私の区別をつけると言う事が、よいことなのか正しいのか別に根拠があるわけではない(ローマ期には、キリスト教が定着したこともあり、隣人を愛せよ、つまり、人は皆家族と言うような考え方が広まり、ポリス国家的な、公と私の区別はむしろ弱まったという指摘もある)。それはただ西洋の真似だと言ってしまえばそれまでである。

社会、政治或は国と言うものを、家族の延長あるいは拡大した姿と考えるとしても格別問題はないとする考え方も成り立ち得る。その場合は村長や町長或は国の長もいわば家長の延長のようなものとイメージされ理解される。となれば、町と言っても家庭の延長ということになろう。先日、香港の映画を見たが、その中で朝起きると、家主がパジャマを着たまま、大勢の店子(つまりは町であるが)の仕事の様子を見回りにく場面がある。尤もここではパジャマと言ってもどうやら絹製で立派なものであったが。

この様に考えると、習俗、風習、習慣あるいは文化と言うものの違いと言う事にどのように折り合いをつけていくか、あるいは、そもそも折り合いを付けることが出来るのかと言うことはいつも大きな問題である。勿論、上に書いたように「髭とパイプ」になってしまえばそれで一つの解決である。つまり、一つの解決策は、相手の文化を学ぶ姿勢をとり、はっきりとこれに順応することすればよい。しかし、これからの日本人にとって、このような姿勢が解決策になるとは思えない。先ず、高度成長期を経ていまや日本は新しい開国に直面しているといっても、その開国はかつての追い越せ追いつけとは違っている。単純にできるだけ相手に倣えばよいというわけにはいかない。加えて、たびたび言われるように、それは今やグローバルなものである。グローバルとなるともはや2国間ではなく多数の国つまり文化が入り乱れる。どれをもって支配的な文化といえるのか。むしろ、その中では、日本人は、日本人として、「日本人らしい」貢献をしていくことが求められる。

郷に入っては郷に従えで、相手になり切ってしまえばよい。しかし、それこそグローバルで多国籍な場となってくると、一体、日本人としてどのように振る舞えばよいのかますますむつかしくなってくるだろう。これからグローバルな場で働くこととなる日本のビジネスマンは、必ずやこの問題に直面し、かつ、答えのない悩みを抱えることになるだろうと考える。

と言うことで、結局、当のリュックサック氏が、背中にコウモリ傘をぶら下げたまま、研究室の立ち並ぶ学内の廊下を闊歩するのを眺めている、ということになった次第である。

 

 

 

 

 

 

 

 

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