トランプ大統領

今朝目を覚ましてみたら、トランプ大統領が就任していた。--夢ではない。

先日のアメリカ大統領の選挙が10日ほど前に近づいていたという頃、アメリカハーバード大学のジョセフ・ナイ教授による講演の簡単な記録が日経新聞に出ていた。勿論のこと、トランプ大統領などと言う事は考えるというか議論の対象になるようなものではないという論調である(ナイ教授はそのころ日本に来ていたはずだ)。アメリカの一知識人として、あるいは、アメリカのソフトパワーを論じていたナイとしては当然であろう。トランプが当選するなどと言う事はあり得ないーー筆者も全く同感であった。

仮にも、アメリカ大統領にトランプが当選するようなこととなったら、ドルは暴落するだろうーーと筆者は予想し、多少のドル資産をせっせと売っておいた(勿論、一定の予備線ははっておいたが)。ところがトランプ当選が確報となるやドル暴騰である。慌てて、ドル資産を追加売却に駆け込んだ(確かに、どんな場合も予備線をはっておくべし、である)。

アメリカがーー、あのアメリカ社会がトランプに指導者としての旗を渡すとは信じられない。アメリカのデモクラシーは一体どうなっているのか。アメリカのデモクラシーと言えば、すでに200年近くも前にフランスのトクビルが詳しく書いている(「アメリカのデモクラシー」1835年)。これは言わばアメリカ・デモクラシーの当時の現地ルポともいうべきものであるが、この中でトクビルはアメリカのデモクラシーがまさに社会の隅々までいきわたり、しかもそれが生き生きとして活動しているさまを驚きを以てというかーーむしろ驚嘆の目を以て書き記している。アメリカでは、警察署長も住民から選ばれるのだ!住民の支持がなくなれば馘にもなる(確かにあのビクトル・ユーゴーの「レ・ミゼラブル」の中で活躍するフランス警察と比べると、この事の意味が分かる)。アメリカの新聞はなんと、町の殺人事件や火事・泥棒の事などを記事にしている!当時の新聞と言えば、例えばマルクスの伝記に出てくる「ライン新聞」のように言わば論壇紙が基本であったことと比べると、アメリカの新聞のように一般大衆のための情報紙などと言うのは確かに驚きだったに違いない。アメリカのデモクラシーは以来鍛え上げられてきた(はずだ)。この間、公民権運動もあった、ウオーターゲート事件における報道機関の役割、これらも確かに磨き上げられてきたアメリカのデモクラシーを示しているに違いないーまた、アメリカのデモクラシーと不可分の世論調査の手法、その分析も格段に進歩した。加えて、このアメリカ・デモクラシーを支える知的な社会・ソサエテイの厚み。これは又目をみはるばかりで、簡単に言いようがないが、アメリカ社会はは338人!!のノーベル賞学者を抱えているのだ。何とも言いようがないが、これは日本・東京にしてみれば、東京の23区に少なくとも一人ずつノーベル賞学者がいるようなものではないのか。
そして、かくて選ばれたのがトランプとは!

トランプには、個人的に妙な思い出がある。かなり前になるが、アメリカ・ワシントン(DC)で国際金融機関に勤務していたころ、なにか出張の用事で自宅からワシントン・セントラルステーションまで、タクシーを呼んだことがある。タクシーの運転手は中年のやせ形、何かオフィスのサラリーマンと言う感じであった。が、しばらくしてその運転手が(ミラー越しに筆者のことを観察していたのかどうかは知らないが)、お客さんは何の仕事をしているのかと聞いてきた。こちらはなんとなく自分はバンカーだと答えた(金融機関勤務であるからこれは当然である)。すると、ややあって、その運転手は、ーー自分はバンカーつまり銀行員と言うのは好きではないーーと言うのである。こんなところでお前は嫌いだ、と言われたのには多少鼻白んだが、別にいきり立つ必要もないのでー適当にお相手をしながら、バンカー嫌いとはどうしてなのかと聞いてみた。すると、その運転手はとうとうと、と言うよりは諄々と、次のように述べたのである。そもそも、お金と言うものは、きちんとその「出入り」を管理しておれば十分なのであり、お金を借りると言うようなことは、まともな人間のすることではない。いつでも、とにかく both ends meet にきちんと気をつけていればよいのだ(both ends つまり収入と支出が見合うように管理していればよい、と言う事なのだろう)。これがきちんと出来ないようでは、人間が出来ていないと言う事であるーーと言うようなことを言う。そして、続けて、実は、と、当の運転手が言い出したのがトランプである。運転手曰く、実は、私はトランプを知っている。以前ニューヨークで仕事をしていた時トランプを見た。その時トランプが、奥さんとなにやら激しい口論となり、ホテルをかけだしてくるところを見たのだが、トランプ夫人が、そのあとから追いかけて、手に持った書類をトランプの背中に向けて投げつけた。そして、実はこの書類は、トランプとの結婚契約書だったのだ。この時のトランプの姿を今でも覚えているし、トランプ夫人が投げつけた書類がホテルの窓から風に舞うのを見た。わかるかーーと当の運転手は筆者に向けて続けるのである、人間はお金では幸せにならない。どんなに金であかしても、結局は結婚契約書を投げつけられると言うようなはめになる。人間は要するにboth ends meet に心がけることが肝要である。銀行から金を借りるようになってはおしまいであり、哀れなざまを見ることになる--と言う事であった。そういえば、確かトランプは二度目の結婚も破たんし、その離婚条件について波乱があったことは新聞にも報道されていたし、記憶にあったので、その頃の事かと思って聞いていた。そうこうするうちにタクシーは、セントラル・ステーションの前につき、車を降りることになったのだが、バンカーの一人たるたる筆者として、このまま言われっぱなしで別れるのも面妖な、と思い、タクシーを降りる時、ーー成程あなたの話は興味深かったが、私に言わせれば、あなたは、それほどきちんと both ends meet に心がけているように、お金の管理にたけているようであるから、あなたはきっと good banker になれるだろうとーー捨て台詞を残しておいた。という小話であるが、今、この話を思い出すのは、この時の運転手の話・態度にも表れているように(またその頃の様々なトランプに関する報道記事を思い出してみても)、トランプは一般の庶民層の間でも決して人生の成功者とはみられておらず、むしろなにか浅ましいイメージで理解されているに違いないーと言うことである。筆者が、今回のトランプの選挙戦を見ていて、トランプは、知識層の支持を得ていないばかりか、一般の庶民層の中でもそのイメージは実は憐れむべきものにちがいないーーという思い込みがあったのには、このような背景がある。知識層には勿論、アメリカの一般庶民にも支持されていないとすれば選挙結果は明らかであろうーーと思っていた。

そして、今日目覚めてみればトランプ大統領の就任であるーーあらためて、これは、夢ではない!

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