トランプ4

トランプ大統領が言っていることは、わかりやすいが意味不明なことが多い。その代表と言うか、典型的な例は、「アメリカ第一」(America first)である。先日も、お昼のニュースの裏番組BSを見ていたら、トランプがなにかヂィナー会食・パーテイみたいなところで、例の調子で、身振り手振りで「アメリカファースト」と叫んでいる。--私はアメリカの大統領である。グローバリゼーョンの旗を着ているわけでもなくく、国際社会を代表している者でもない。アメリカを代表しているアメリカの大統領であるーーと叫んでいる。見ているとこれを聞いて喜んでいる参加者もいるようだ。

しかし、ここでよくわからないのだが、先ずは、一国を代表する、その国で選ばれた首相・大統領が「その国第一」と考えることは当然のことである。国の指導者に選ばれて自分の国の利益を最優先にすることは全く当たり前で、自分の国が第二でいいーーなどと考える事はありえない。日本の安倍首相も「何と言っても日本の国益第一」が、すべての行動原理の大原則であろう。そうでない指導者などは想像出来ないし、世界に全くいないだろう。ロシアのプーチン、ドイツのメルケル、イギリスのメイ、メキシコのエンリケーーーいずれにとっても自国の利益第一であることは言わずもがなの大原則であり、これの点に、国による例外があるとは思えない。実際、現実の国際社会は遥かに残酷で、えげつない姿である。筆者もかつて国際金融機関に勤務した事があり、各国の代表者と何度も交渉した経験があるが、この厳しい各国の割り切り方は驚くべきこととも言えるが、同時に当然の事でもあった。むしろ、国際社会と言うものは簡単に言えば自国第一と言うよりをも、むしろ、自国さえよければ良い、と言う原理が働いている。ということは、このように説明するまでもなく、誰にでもわかっているし、誰でもこのことを考えると心の中ではなにか苦い思いを感じると思うが、この原理が緩むことはない。国際社会の交渉の場を多少なりとも見ておれば、このように国際社会と言うのは実に残酷なものである。遠い将来、各国の軍がなくなることがあるのかどうかわからないが、現実は各国とも軍を抱えており、とにかく最後は自国が生き残ることが最大の目標であり、それが行動原理であり、それに備えている。国の代表する者で改めてこのことを言う人はいない。

勿論、第二次世界含む近代の歴史を顧みると、アメリカは自由社会の擁護と言うような観点から犠牲を払ってきたのではないかと言う面もあるかもしれない(しかし、大戦についていえば、これはアメリカドルの基軸通貨制度と言う形でアメリカに膨大な利益をもたらし面もあるが)。このような反省から、現在、アメリカが一つの歴史的な曲がり角にあるのだという指摘もあろう。言い換えれば、アメリカはもはや世界の警察の役割は出来ないのだという考え方が出てきたのだとも言えるが、それは実はオバマ大統領が言ったことである。オバマ大統領は、このような観点からすでにアフガンからの撤退を進めてきた。オバマ大統領の核兵器廃絶の呼びかけも、勿論この兵器の残酷さや人類の滅亡の危機感が基本にあったとも思われるが、同時に、膨大な核兵器を維持して世界を言わば脅し続けることにもはや困難を感じるようになったという意味で、アメリカの力を自国に取り戻そうとする動きであったという見方もあろう。ということで、もはやアメリカは世界の警察ではないと言ったのはオバマであり、このアメリカ第一へ、の流れと言うか回帰は、オバマ大統領のイニシアチブであり、又、オバマ大統領の言葉である。

と思っていたので、このトランプアメリカ大統領の発言はどう考えてもなんら新鮮味もなく刺激的でもない。これを聞いているとどうしても頭が混乱する。日本の安倍総理も奇妙な感じがするだろう。これを聞いて、世界の首相・大統領も?、だろうし、これを聞いて喜んでいる国民の姿を見て不思議な気がしているに違いない。

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